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日別アーカイブ: 2026年1月21日

第19回ゴーヤ雑学講座

皆さんこんにちは!

中山有志、更新担当の中西です。

 

 

~“暮らし”そのものだった~

 

「農家」と聞くと、田んぼや畑、季節の野菜、収穫の風景を思い浮かべる方が多いと思います😊
でも実は、農家の歴史は“食べものを作る仕事”にとどまりません。村の暮らし、家族の形、祭り、税、技術、さらには国の政策まで…日本の歴史の中心に、いつも農がありました。

今回は、古代から江戸時代までを中心に、「農家の暮らしがどんなふうに変わってきたのか」を、物語のように分かりやすくまとめます📚✨


1. はじまりは“狩り”から“つくる”へ 〜縄文から弥生へ〜 🏹➡️🌾

日本の自然は豊かで、縄文時代は狩猟・採集・漁労が暮らしの中心でした🐟🌰
ただ、気候や人口の増加、集落の拡大によって「安定して食べ物を確保する方法」が求められるようになります。

そこで登場したのが、弥生時代の稲作です🌾✨
稲作は単なる“食料生産”ではなく、社会の仕組みをガラッと変えました。

  • 水を引くために共同作業が必要になる🚿

  • 田んぼを守るためにルールやリーダーが生まれる👑

  • 収穫量によって富の差が生まれる💰

  • 争いも増える(田を奪う・守る)⚔️

農家の原型は、ここから始まったとも言えます。


2. 古代の農家は“税”と共に生きた 〜律令と田んぼの時代〜 🏛️🌾

奈良〜平安初期にかけて、国は「律令」という制度で国づくりを進めます。
この時代、農家にとって大きかったのは、**税(そ)**の存在です😣

  • 田んぼで米を作る

  • その米が税として納められる

  • 税が国の財政や軍事を支える

つまり、古代の日本は「農によって成り立つ国家」でした。

当時の農家は、豊作なら少し余裕、凶作なら一気に苦しくなる…そんな不安定さと隣り合わせでした。
自然が相手なので、祈りや祭りも生活に深く根付きます🙏🎐


3. 中世になると“土地の支配”が複雑化 〜荘園と武士〜 🏯🌾

平安後期〜鎌倉時代にかけて、農家の歴史に大きな変化が起こります。
それが**荘園(しょうえん)**の広がりです。

荘園は、貴族や寺社が持つ“私有地”のようなもの。
農家はその土地を耕し、年貢を納めて暮らしました。

ここで重要なのは、「年貢を納める相手」が一つではなくなったことです💦
国、貴族、寺社、武士…複数の力が絡み合い、農家はその狭間で生きていました。

一方で、武士の力が強くなるにつれ、農村も守られる面が出てきます。
しかし戦が起きれば、田畑が荒れることも多く、安定とはほど遠い時代でした⚔️


4. 農家の団結と自治 〜“村”という共同体〜 🏘️🤝

中世〜近世へ向かう中で、日本の農村では「村」が強い共同体として育ちます。

  • 水の管理は村全体で行う🚿

  • 田植え・収穫の助け合いがある👨‍🌾👩‍🌾

  • 祭りや行事で結束を固める🎊

  • 争いが起きれば村として交渉する📝

農家は、単独で生きるのではなく「村の力」で暮らしを守っていました。
この“助け合い”の文化は、現代の地域農業にもつながる大きな財産です😊


5. 江戸時代:農家が“日本の経済の土台”になる 💴🌾

江戸時代に入ると、社会が比較的安定し、農業も発展していきます。
ただし、農家の暮らしは楽だったわけではありません😣

江戸は「米=お金」に近い価値を持つ時代でした。

  • 年貢は米で納める

  • 武士の給料も米(石高)

  • 国の力の尺度も米

つまり、農家が作る米が社会全体を動かしていたのです🚀

農家の努力と技術の進歩 🔧

江戸時代には、農業技術も進歩します。

  • 新田開発(田んぼを広げる)

  • 用水路の整備

  • 肥料の工夫(草木灰、魚肥など)

  • 二毛作・輪作の工夫

農家は“経験と工夫”で収穫量を増やし、暮らしを守っていきました🌱


6. 農家の生活は“質素”で“粘り強い” 🍚🧺

江戸の農家の食事は、白米だけをたくさん食べるイメージがありますが、実際には…

  • 麦や雑穀を混ぜる

  • 野菜や漬物が中心

  • 味噌や醤油で工夫する

  • 保存食(干し野菜、干物)を活用する

「無駄なく使い切る」知恵が積み重なって、現代の和食文化にもつながっています🍙✨


農家の歴史は“日本の暮らしの歴史”そのもの 📚🌾

古代から江戸までの農家は、
✅ 稲作の始まりで社会をつくり
✅ 税を納め国家を支え
✅ 荘園や武士の時代を耐え
✅ 村の共同体で助け合い
✅ 江戸で経済の土台を支えた
そんな歩みを積み重ねてきました😊